抱腹絶倒

ハルココロ
「抱腹絶倒」
腹をかかえて、ひっくり返るほど大笑いをすること。
出典:史記「司馬季主、棒腹大笑シテ曰ク、大夫ヲ観ルニ道術有ル者ニ類ス」



まったくそんな気分ではないけれど。こういう時にこういうことを書くこと自体がabsurde な感じがしてならない。

とはいえ。「ホ」で始まる四字熟語は心ひかれるヒット作が多い。暴飲暴食、報怨以徳、傍若無人、放蕩無頼、本末転倒、などなど。しかし、やはり、そうした瑣末な心を吹き飛ばすのが、かくも偉大な笑いであるかな。腹を抱えて笑うにはそれなりのおなかの大きさが必要なのである。

この言葉のよさは、
1.腹を抱えて(本来は「棒」)笑い転げること。「覚えず抱腹絶倒し」(志賀重昴「日本風景論」)
2.極度の驚きや悲しみなどのために倒れそうになること。「かようのことをみせたらば、抱腹絶倒すべきぞ」(中華若木詩抄・上)
…ともども、感情表現を身体動作で表すメタファーで意味の多重性を作ること。笑いも悲しみもひとつのしぐさの表と裏、とは、なんと素敵なことかしら。


外国で生活していると笑いに飢えてしかたがない。その最たる理由は、笑い、とは、えてして高度な言語ゲーム、レトリックとメタファーの応酬であるからだろう。少なくとも、コメディ・フランセーズなどでおなかを抱えて笑うには日常レベル以上の高度なホトケ語力が必要である。例えば笑いがずれるとき、より具体的には、身振り手振りに対して自分ひとりが笑い、言葉の応酬で、じぶんひとりが笑えないとき、やはり笑いとは高度な言語ゲームと実感する。嗚呼笑えたい。無垢ではなくて無辜の犠牲者。

http://d.hatena.ne.jp/haarhurryparis/20081009