『スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー』

『スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー』
2007年6月2日〜、Bunkamuraル・シネマにて公開


先日、建築家映画を見た。フランク・O・ゲーリーを主人公にしたドキュメンタリー映画、『スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー』。監督は『トッツィー』『ザ・ファーム』『推定無罪』のシドニー・ポラック


ハリウッド・ムービーとディズニー建築の西海岸的強力タッグか…と思いきや、ゲーリー氏とポラック氏は若い頃から仲良しだったらしい。特に、「ゲーリー先生の知人」として登場する多くの人物がアメリカで活動するアーティストであり、逆に建築家として登場するのがフィリップ・ジョンソンとチャールズ・ジェンクス、そして事務所スタッフに限られるのも、ゲーリー先生の脱構築的アート戦略なのかもしれない(個人的にはハル・フォスターってこんな人だったんだ…という感じである)。友人どうしの間で交わされる「僕は建築専門じゃない」「だから君に頼んだんだ」というやりとり(?)が映画の出発点に設定されるのは、ジャンルという発想から抜け出しsomething differentの影を追いかけるうちに築き上げられた越境的なゲーリー建築の発想にも共通するのかな、と思った。クリエイターが心に抱いた幻影=アイデアを作品化する一連の動きをおう映像はやっぱり面白い。真っ白な紙の上でスタディを重ねたり銀紙を張り合わせて模型作りに熱中するゲーリー先生の生身の姿は魅力的だ。この続きは映画館でどうぞ…。


ところで「建築家映画」というジャンルがあるかは定かではないけど、思い出すのは去年日本で公開された『マイ・アーキテクト/ルイス・カーンを探して』2003である。


ルイス・カーン(映画の中ではフランス風に「ルイ」と呼ばれていたのが印象的…)の息子であるナサニエル・カーンが父の影を老った軌跡が映像に刻印されている。生前、本妻2人に愛人2人をもったいわゆるダメンズ建築家、ルイス・カーン。その最後の愛人の息子として生まれたのがナサニエルである。長じて映画監督となったナサニエルは父と姿かたちが瓜二つで、そんな息子が有名建築家の父を追いかける姿はそれはそれで感動的ではある。けれど実際のところ、この映画の面白さはそんなイマドキ的お涙的なところではない。「ドキュメンタリー」という手法は残酷であり、ルイス・カーンの息子とはいえ、私生児というマージナルなナサニエルのポジションの微妙さを明らかにすることだ。例えばナサニエルの呼びかけで異母姉弟が集まるシーンでは、ナサニエルが「家族の絆」的なものを呼びかけるのに対し本妻の娘は「私たちは別々」と拒否してみせる。どこから見ても父親そっくりの異母弟に、家族の苦悩の深さと婚外子に対する無意識の?優越心をかいま見せる場面だ。また監督が関係者たちにインタビューする中で、どうもルイス・カーンが若い愛人+息子には本宅ほどには気持をかけていなかったであろう過去が浮彫りにされていく。複数のカメラで撮影された映像はナサニエル自身の視線から外れる時に、過去への甘美な追憶や父への自己同一化のナルシシズムが冷たい現実により幻滅へと置き換えられる瞬間をナサニエルの失望の表情として生々しく切り取る。映像は演技が人工を越えた瞬間の残酷さにこそ価値があるのだ。。ナサニエルにとってはこの映画が最初で最後の「代表作」となるだろうけれど、その分出せるものを出し切った作品、という感じで好感がもてた。


カーン親子映画が「ドキュメンタリー」とはいえ、かなり映画的な(ドラマ仕立ての)作りとなっていた。それに比べればゲーリー映画は「フィクション」とはジャンルの異なる「ドキュメンタリー」として明確に差異化されて製作されているのはポラックの経験と技量の厚さだ。


ちなみにどうせ「建築家映画」なら、ドキュメンタリーの枠をうちやぶり、完全フィクション映画というのも作ってほしい気がする。芸術家の生涯をネタにした映画は今まで結構な数が作られている。そのパターンで『ル・コルビュジエをさがして』とかいう題名で、地中海で溺死する場面から、ブクブクフィードバックで生涯をたどっていけば、90分くらいの悲哀に満ちた?一作位はできるだろうし、これでたぶん世界配給まちがいなし。主人公はスキンヘッドで丸めがねに蝶ネクタイ、俳優はジョン・マルコヴィッチあたりかな…。コルビュジエファンの多い日本の製作で、スタッフ/俳優すべて日本人…というのもよい気がする…。


噂?によれば、ルイス・カーンはアイデアに詰まりウーンとなると、真夜中こっそりと製図台の前にひとり座り、闇に向かってブツブツ「コルビュジエさん、コルビュジエさん、出ておいで…」とつぶやいたそうである。するとある瞬間、背筋がゾクッと冷たくなり、不意に虚無の一点から「ルイちゃん、どうしたのかね…」と丸眼鏡のつるぴかオヤジがヌボッと現れるのだそうだ。その隙にカーン師は巨匠に飛びつきグッドアイデア仕入れて翌日に備えたたそうな…。真実かどうかは今はもう確かめようもないが、温故知新、歴史に学ぶ姿勢が大事ということは確かだ。お試しあれ。