東京メタボリズム宣言

黒川紀章センセイ、都知事選出馬。昨日のテレビの特報に耳を疑い、ウソかホントか、今朝、目覚めてみて、あのニュースは夢だったのかしら…と思って新聞を開けたら現実の出来事だったようだ。メタボリ都知事…なんだか夢のような話だけど、これで都知事選がオモシロくなってきた。というのも、本気で闘えばキショウ先生がほんとに都知事になりかねない…という可能性と願望?を抱かせてくれるからだ。


石原都知事は甘美な毒である。生まれついての勝ち組スマイルを浮かべるこのヒトの魅力はなんといっても毒のある甘さと華やかさ…滅多に無い資質である。こういうヒトに「勝てる」人材などそうはいない。特に知事選は広域の選挙民を相手にする、おまけにコウルサイ都民を相手に、一票を招き寄せるには、地盤や鞄以上にヒトとしての「チャーミング」さはなくてはならない資質だ。石原都知事二期目の選挙の時は、「反・石原」のかけ声はよいとしても、スター性のある華やかな慎太郎氏に比べれば、候補者のジミ〜…な顔ぶれは、どう考えても選挙が行われる前から勝負が見えていた。なので結果はさもありなん、なのであった。慎太郎氏にとっては三期目選挙、対立候補の擁立が難航しているのも、少しでも頭のよいヒトであれば現在の地位を捨ててまで危険な賭けをしようとはしないからだ。「負け試合」のもたらす損失はあまりにも大きい。


ここでキショウセンセイ。毒には毒をもって制す。このヒトも十分毒っけのある魅力的な人物である。建築家としての「政治力」ももつ。これは最高の選択肢の登場である。


キショウ先生なら都知事選に出馬するとしても失うものが少ない。議員辞職する必要もなければ会社を辞める必要もない。負けて気分はよくないけれど、建築の現場に戻ればいいだけの話であり、痛手は少ないだろう。勝てばこれはまた僥倖であり、今後の世界進出においてもメリットは非常に大きいだろう。もしかしたら中銀タワーが都庁舎分室になるかもしれない。


キショウセンセイなら勝てる、と思わせるのが、「反・東京オリンピック」の対立軸をかかげる戦略的な正しさである。現在の東京の空気感の中で生活していれば、東京でオリンピックを開く必然性を素直に感じられるヒトは少数派ではないか。税金をかけてオリンピックなど開かなくても、都心の整備は森ビルをはじめとする大手のディベロッパーというプロ集団がキチンと面倒を見てくれる。公共投資がなくとも東京は民間投資により十二分に繁栄しているし、そのほうが失敗がないのである。


東京オリンピック」に懐疑心を抱いている都民はきっとキショウセンセイに一票投じるだろう。そして、おそらく「福祉」「税金」「格差」という、聞き飽きてしまった(しかし現実に解決しがたい)絶望的な言葉だけでは都民の心は振り向かせられない。甘美な毒にヒトはつい引き寄せられる。そして、死なない程度に、危険な甘さを口にせずにはいられないのだ。


キショウ先生の出馬はかつての「都市博」都知事選挙さながらである。オリンピック招致活動を離脱すればそれで目的完遂…ということで、師匠であるムッシュー・タンジェ先生の都庁舎で世界メタボリズム運動を再開し、東京のさらなるメタボリズム化に邁進してほしいところである。キショウ都知事…と考えただけで、なんだか夢が広がってくる。石原都知事はもう夢をみさせてはくれないのだ。


個人的には、「建築家」は「政治家」になれるか、という命題が現実化された場合にいかなる現象が生まれるか見てみたい、ということがある。制度としての「建築」のレベルで問うなら、いかなる「建築」も権威と権力の象徴であり、(誤解を恐れずに言えば)象徴づくりを支える意味においては「建築家」は「権力」の婢である。より根源的には物質による空間や土地の占有行為は常に世界に対する権威や権利の表明となり、歴史的には「建築家」の主たる仕事は教会や宮殿といった権力者の施設の建設であった。


そう考えると、「建築家」はいかに「政治力」をもとうとも「政治家」そのものにはなりえない存在なのだろうか…ということを常々疑問として抱いていた(どうでもいいのだけど)。もちろん市町村レベルで「建築士」出身の首長は少なからず存在するだろう。けれど、たとえば石原都知事や田中元長野県知事のように「文人」政治家は多数いるのに比べれば、より社会の産業構造と結びつきの強い「建築家」がみずから「政治家」になる例は圧倒的に少ない。なにより、より根源的な問題として、「建築家」=「政治家」が成立するかどうかの問題を実地に検証できればオモシロいかな、と思う。


…と日本の「建築士」第一号は田中角栄氏である…というのをどこかで聞いた覚えがある。例外はいつでも最大の真実である。


もしもキショウ先生が都知事におなりになれば、「建築家」=「政治家」となるか「政治家」aka「建築家」となるのか、またはもっと別の存在形態が生まれるのか、実際に目にすることができるだろう。ともかくキショウセンセイの選挙演説が楽しみである。応援演説とか誰がするんだろう。石原軍団に対してメタボリ軍団かしら。