ゆ れ る

harukomatsumoto2006-07-18






先週、映画『ゆれる』をみた。


『ゆれる』公式サイト→ココ
小説版『ゆれる』[amazon]

新鋭・西川美和の監督2作目。佳作。映画館に行く数日前、前作『蛇イチゴ[amazon]をビデオで予習してスクリーンにのぞんだけど、ウーム、西川監督、地獄の黙示録的娘、ソフィア・コッポラ[amazon]より才能あると思う。



人気カメラマンの弟(オダギリジョー)が母の葬儀のために田舎(甲府周辺)に久々に帰京するところから話は始まる。葬儀の後、稼業のガソスタを切り盛りする実直な兄(香川照之)と幼馴染の女性に連れられ、懐かしい渓谷へとでかける。とはいえオダギリジョーが前夜、気まぐれで幼馴染に手を出したことで3人のビミョウなバランスがくずれていた。つれない弟をおいかける女を追いかける兄。女はつり橋から渓谷へと落下死し、兄の逮捕へとなだれこんでいく…といった物語。



人気カメラマンが屋外で殺人現場を目撃する…というところはアントニオーニの往年のヒット作『欲望』Blow-up[amazon]を思い起こさせる。人気カメラマン→車と女ずき…だからオダギリジョーはわざわざアンティークな車に乗っているのかシラン。


とはいえ、枠組は重なっていても、話はカナリ違う。『欲望』は現象学的?な知覚と視覚の問題をめぐり、60年代「スウィンギング・ロンドン」を舞台にしたグッドデザイン映画。つまりは『欲望』はファッション性が主要素であったのだ。それに較べ、『ゆれる』における「弟=人気カメラマン」という設定は、あくまで「田舎の兄=家業のガソスタを継ぐ」の対立項として存在し、オダギリ的オシャレさは記号としてしか存在しない。


『ゆれる』は葬式(=生死の境)を発端として露出した二項対立をめぐる「ドラマ」なのである。一方、不条理好きのアントニオーニ、「分からない…」と叫び続けつづけさせることで現実の不可能性を浮き彫りにする。ロンドンのフォトグラファーも東京のカメラマンも、最終的にはみずからの知覚経験にゆさぶりをかけられる。しかし、そのゆさぶりは、オダギリジョーの場合は倫理や精神の脆弱さに起因している。そう考えれば、わがアントニオーニ様はなんてステキに新しい実験をしていたのだろう…と感じなくもナイ。


前作『蛇イチゴ』とくらべ、形式面では、田舎/都会などの空間対立その他、以前のアラというか細かな破綻がほとんどけずられなめらかになっていた。作品としての完成度が高められている点に感心した。西川監督は大学卒業後から是枝監督の下で長く仕事をしてた…というのもなんだかうなずける。是枝作品をみてるとヒトを育てる(ヒトを「人」として扱うから)のがうまそうな感じはする。批評も含めて、フィードバック体制が確立してることは創作活動では重要だ。作家のポテンシャルがどこまで生かされるかは環境や周りのヒトビトにかかっている。内容的にも、人間には奪うヒト、奪われるヒトがいる…というテーゼを膨らませていくシンプルな構成は映画としてよく出来ていた。



宇宙の原理は「ババ抜き」力学である…と考える。ゲームが成立するには「ジョーカー=不幸」の存在は絶対的だ。そしてジョーカーをいかに上手に避けてカードを減らしていくことが生きることである。確率的に言えば、ババを引かずに、もしくは適当に隣と押し付けあって、3番目とか4番目とかでつつがなくあがるヒトが大多数だ。


「ババ抜き」の鍵を握るのは「ジョーカー」自身である。つまりジョーカーを鋭敏にかぎつける少数者である。というよりも、ババ抜きをしているつもりが、いつのまにか自身が「ジョーカー」として物語の渦中に溺れてしまう、そんな存在である。勝者/敗者、幸福/不幸も、平坦な時間の中に突出するジョーカーであり、腐りかけの隠微な香りに抗せず、たれこめる暗雲にきづきながらも引いてしまうタイプのヒトだ。


あえて難をいえば、語りの主体を「ババ抜き」の勝利者に設定することで、物語として弱くなっていることだ。ダレだってハンサムなオダギリジョーと一緒にいたい。不幸の側をあえて選ぶことは勇気がいるのだ。しかし、たぶんこの監督が次に作品を作るなら、これはゼッタイに、香川照之演じるショボイ兄の側から語りだす勇気がなければ、作家として突き抜けられないと思う。


完成度の高さに逆にチョット心配がわく…というのはイジワルすぎるだろうか。『ゆれる』が前作の完成形(鬱蒼とした森の不可思議な時間に取り込まれたヒトビトの人格崩壊)であったとすれば、次の作品のテーマで苦労するのではないかな…と思ったりもした。たぶん本当は都会や街中でカメラを回したいんだろうな…と感じた。

ともかく映画として完成度が高いことと、俳優の上手さにも好感がもてた。今後、世界に羽ばたいていく監督ではないか…と思うので見ておいて損はないと思う。


映画を見る前に買ったスカート。