カミュ原作『最初の人間』の試写会

ジャンニ・アメリオ監督『最初の人間』Le premier homme, 2012

8月某日。ほぼ5年ぶりに映画の試写会に出かける。パリにいる間もご厚意で試写会の案内を東京の自宅にいただいていて、もったいない思いをしていた。お気遣いをまことにありがとうございます。

ジャンニ・アメリオ監督『最初の人間』。仏・伊・アルジェリア3国合作。2011年にトロント国際映画祭を始めいくつかの映画祭でプレミア上映された後、2012年4月にイタリア公開。

まだ一般公開までは時間があるので公式サイトもパンフレットもないようですが、12月から岩波ホールで上映されるそうです。

フランスがお金を出し、イタリアが人材を提供し、アフリカが場所を提供するというある種のEU的というよりローマ帝国的世界観の縮図だ。経済的に苦しい南欧は、お金は出せないけど才能は輩出している。それはなにも映画に限らない。スペインやポルトガルも、たとえば建築やらスポーツの分野では世界の流れを牽引している。逆にフランスのように芸術的才能は自前では作れないけど、ひとを集めてプロデュース、ブランディングして金儲けをするのが得意な国もある。

原作は未完の遺作となるアルベール・カミュの同名の小説。カミュが1960年に自動車事故でなくなった際に、事故現場の草むらに投げ出された黒皮のかばんにしまわれた大学ノートに書かれいた。小説家を主人公とするカミュの自伝的な内容であった。未完の遺作がカミュの実の娘の協力などで数年前にフランスで出版され話題になった。

原作はフランス語で、映画版も俳優、女優もフランス人でフランス語とアラビア語で会話がなされるが。イタリア人監督ならではの石灰質の硬質さが映画世界にたちこめていた。人物たちをとりまき条件づけるアルジェリアの海と砂漠の関係が体感的に表出し、未完小説を原作とする上で描ききれなかったであろうナラティヴを支えている。原作ものの映画で陥りがちな散漫さがこのフィルムではある程度回避されているように見えた。

主人公のジャックはアルジェリア出身のフランス人で、現在は売れっ子小説家としてパリで家族と暮らす。1960年、アルジェリアがフランスからの独立運動にゆれる中、出身校であるアルジェリア大学の学生たちの要請でひさびさに帰郷する。ジャックは生家にいまはひとりで生活する老いた母を訪ねてともにすごすうちにみずからの子供時代を回想しはじめる。
生後半年でアルジェリア移民1世の父親はマルヌ戦線で戦死したため(カミュは実際には移民3世であったという最近の研究があるそうだ)、子供時代をアルジェリアの厳格な母方の祖母の家で、母親、叔父とともに暮らし、貧困にあえぎながらも快活な少年として成長した。学業優秀のため小学校の先生の勧めで奨学金を得てリセに進学できることとなった。

映画は現在と過去のアルジェリアの記憶を交錯させる。映像に映しだされる北アフリカの石灰質のかたさと大地からたちのぼる草いきれの豊穣さは、(じつは正確にどこで撮影されたのか、資料を見る限りは分からなかったのだけれど)、フランスよりもむしろアメリオ監督の故郷である南イタリアカラブリアのそれに近いかもしれない。またネオリアリズムの伝統は戦前、戦後を通じたアルジェリア問題を描くすべを、『小さい兵隊』のゴダール的なフランス的自嘲とシニシズムを抜きにしても、もっていた。知らないこと、分からないことはかけないしつくれない。プロデューサーのブリュノ・ペズリーのアメリオ起用はまず正解であっただろう。

『異邦人』におけるアラブ人とフランス人の近さと遠さ。海と砂漠が隣あう拒絶と包容が自然界を覆う。二律背反のようでいて、実際には両者が絶妙に微妙にとけあっていて、それは客観的には「共存」なのだろうけど、実際には当人たちにしか分からないような関係性の、そこから微妙に表出したもやみたいなものが、うまく画面にやきついていた。

なんというか、非説明的な要素によるある種の空間の実現の如何が映画、にかぎらずありゅる芸術作品の出来、不出来を左右すると思うし、この作品は、大傑作とまではいえないにしろ、自然がかいまみせる野生のような、そうしたある種の空間の片鱗がうまいこと定着されていたように思えた。

あえて難癖をつければ、大人になった主人公ジャックと老母が、しわの具合など、フィジカル面で大して年齢が換わらないように見えることが気になった。調べてみると、俳優と女優の実年齢は一緒のようで、これだと画面的にはやっぱり無理が大きい。
それと子供たちが貧乏にみえないこと。着ている服はいまどきのブランド子供服のようで、というよりいまどきのブランド子供服はこの時代の子供服をモデルにしているのだろうけど、子供服のモデルにしか見えない。営業上の理由などあるのだろうけど、リアルさが減じられているところが残念。

ごく個人的な感想とすれば。少年ジャックが動き回るにつれ、家に残してきた愛息のすがたと重なり、恋しくなり、ママも早くおうちに帰るからね…と思ったしだいです。こどもを産んでからはじめてみた映画が佳作でなんだか嬉しかった。